生きるのが辛いとき!辛い気持ちを軽くする5つの思考法

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人生には悩みがつきものです。時には、思いもよらない不幸が身に降りかかることもあります。

悩みを抱えすぎて「生きるのが辛い…」と思ったり、その気持ちが行きすぎて「もう死んでしまいたい」とすら思うこともあるかも知れません。そんな時に役立つ思考法をご紹介します。

なぜ生きるのが辛いのか

そもそも、なぜ生きるのが辛いのでしょうか? まず、人が悩みの種とする原因を挙げて考えてみましょう。

  • 仕事
  • 家庭
  • 対人関係
  • 金銭
  • 自分の病気(身体的なもの、精神的なもの両方)
  • 自分自身のコンプレックス

この中に、あなたの抱える悩みの種があるでしょうか。代表的なものを挙げましたが、この他にもあると思います。

上記に挙げた悩みの種でも、載っていなかった悩みの種でも構いませんので、心に思い浮かべてみて下さい。実はその悩みを突き詰めていくと、最終的にすべてが3番目の“対人関係”に行き着きます。

「自分の病気やコンプレックスが対人関係?」と疑問に思うかも知れませんね。病気やコンプレックスで悩んでいる人は“健康な人(病気でない人)/コンプレックスを持っていない人”を羨む気持ちがあるのではないでしょうか。

家庭の悩みも同じです。あなたの家庭内にある問題を考えた時、何の問題もない家庭に生まれた人や、(結婚などにより)そんな家庭を手に入れた人に対して羨む気持ちがありませんか?

自分が抱えている悩みを“持っていない人”の存在があるから、人は悩むのです。「なぜ自分はこんな悩みを抱えながら生きていかなければならないのだろう。そんな悩みを持たずに生きている人もいるのに」と。

生きるのが辛い時におすすめの思考法

人は誰しも幸せになりたいし、自分が望む幸福を手にしている他人を羨むのは当たり前のことです。人を羨んでしまう自分を否定すると、ますます辛くなります。

とはいえ、羨んでいるばかりでも辛さは変わりません。そんな時におすすめの思考法が以下の5つです。

1. 理想を低くして完璧主義を手放す

ただのひとつも幸福やいい所を持っていない人などいません。それなのに辛くなってしまう人々が多いのは、自分や他人に求める理想が高すぎるからです。

まずは「多くを求めすぎてないか?」「完璧主義になっていないか?」と自問しましょう。理想が高くて完璧主義な人ほど、意外と自分がそうであることに気づいていません。

理想が高いというのは向上心があるということですので、それ自体は悪いことではありません。しかし「生きるのが辛い」とまで思う、自分の身を滅ぼすような向上心は本当に必要でしょうか。

理想を低くして完璧主義を手放すのは、まさに“言うは易く行うは難し”の代表例と言ってもいいほど難しいことです。それでも、これが出来れば人生はずいぶん楽になります。

最初のうちは難しく苦しいかも知れませんが、「これは達成できなかったけど、ここまでは出来たからまあいいか」という気持ちを普段から心がけてみて下さい。少しずつ、気持ちが楽になっていくはずです。

2. 「死ぬ」以外の方法を探す

生きるが辛いと思う人の中には、反対の“死”を求める人もいると思います。全ての人がそうではありませんが、ある一定数「死は救済である」と考える人がいます。

その考えを否定はしませんが、死ぬ前に一度、代替え案はないのか探してみて下さい。仕事が辛いのであれば、辞めることは出来ないのでしょうか。家族と一緒にいるのが辛いのなら、そこから逃げることはどうしても出来ないのでしょうか。

いったん死ぬことに集中すると、代替え案は思い浮かばなくなります。もしくは、思い浮かんでも「そんな事できる訳ない!」とか「そうやったってどうせまた他の問題がやってくる!」と思うようになります。

心身が疲れていると考えが死に直結しやすく、またそういった時は疲れている事にすら気づいていない場合が多いです。「何もしたくない」なら何もしなくてもいいのです。休みましょう。

3. 素直に想いを吐き出せる場所を見つける

つらい、苦しい、死にたい…そんな気持ちを吐き出せる場所を見つけましょう。これは人によって様々ですので、「こういう場所がいいですよ!」とお伝えすることは出来ません。

素直に思いを吐き出せる場所は、友人や家族・恋人の前であったり、会った事もないインターネット上の知り合いの前かも知れません。そもそも人ではなく、手元の日記や手帳などの紙なのかも知れません。カラオケの個室や居酒屋のカウンターかも知れません。

思いを吐き出すのは悪いことではありません。信頼できるあなただけの場所をどうか、見つけて下さい。

4. 辛いことだけに注視しない

項目の1でもお伝えしましたが、ただのひとつも幸福やいい所を持っていない人など存在しません。自分の人生は不幸だらけだ…と感じている人の多くが、その辛いことだけに注視している場合が多いです。

もちろん、世間一般よりも目立ったトラブルが集中して起こる人は存在します。しかし同じ量のトラブルを抱えても、辛さだけに注視して立ちすくむ人と、その中から少しでも楽しいことを見つけ出してグイグイ進む人がいるのです。

時には辛さに身を浸すのも悪いことではありませんが、ずっとその場所にいて苦しいのなら視点を少しズラしましょう。あなたが辛い目に遭ったからこそ、あなたの話を真剣に聞いてくれる人もいます。

「人に自分の話を真剣に聞いてもらう」…これほど難しいことはありません。しかし、辛い経験を持っているというだけでそれが可能になるのです。すごい特性だと思いませんか?

自分の持っている辛さが強みに変化することもありますし、辛さの陰に実は幸福が隠れていることもあります。それをどんどん見つけていきましょう。

実感するのはなかなか難しいことですが、“すべては自分次第”なのです。

5. 自分を一番大事にする

人生が楽しくなるかつらくなるかは、自分の腕にかかっています。という話を聞いて、「自分がダメだから人生もダメなんだ…」とすべての責任を自分に抱え込ませて更に死にたくなる人もいますが、そうではありません。

楽しく人生を生きていく上で、最も大切なことは“自分を一番大事にすること”です。苦しかったら休む、辛かったら逃げる、それの何がいけないのでしょうか。

あなたがやったことに対していちいち文句をつけてくる人は、あなたの人生を絶対に保障しません。言いたいだけです。その人もまた、実は「生きるのが辛い」人なのかも知れません。

生きるのが辛いあまりに、他人へ八つ当たりするような人に飲み込まれてはいけません。あなたはあなた、でいいのです。

「生きるのが辛い」と嘆く人の話をよく聞いていると、そのほとんどが他人のことを考えすぎる、優しすぎる人です。その他人に向けてしまう気遣いを、もっと自分へ向けて下さい。

今までよりも少しだけ、図々しく生きてみよう

自分とは違う境遇の人たちを羨む気持ちに無理やりフタをしていると、いつしかその感情はドロドロと形を変え、醜い嫉妬になっていきます。

嫉妬が爆発しても厄介ですし、その爆発を更に押さえ込んでいると「生きるのが辛い、死にたい」という自爆になります。

まずは羨ましいという気持ちを素直に認めましょう。それから、その羨ましい境遇に近づけなくても大丈夫な自分を育てましょう。

キーワードは「まあいっか」です。自分の持っている特性や幸福、いい所に目を向けられるようになると「まあいっか」が増えていきます。

細かい人は大ざっぱになれ、深く考える人は浅く考えろ、と言っているのではありません。細かい所が気になる自分も深く考えすぎてしまう自分も全部「まあいっか」で認めるのです。

自分は自分のまま、これはこれでいいのだ、と少しだけ図々しく生きてみましょう。あなたが元々持っている、すばらしい気遣いの心も忘れずに。

そうしていくと「生きるのが辛い」の先にある、わずかな光が見えてくるでしょう。

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